仙台高等裁判所秋田支部 平成8年(ネ)70号 判決 1996年10月30日
控訴人 興銀リース株式会社
右代表者代表取締役 岡部進
右訴訟代理人弁護士 中村勝美
右訴訟復代理人弁護士 渡辺隆
被控訴人 国
右代表者法務大臣 長尾立子
右指定代理人 伊藤繁
小野寺貞夫
佐藤攻
安宅敏也
関谷久
泉利夫
菊池勇治
松下栄治
松本司
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
一 控訴人は、「原判決を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は、主文と同旨の判決を求めた。
二 事案の概要は、控訴人において次のとおり主張するほかは、原判決摘示のとおり(原判決三頁四行目冒頭から同七頁三行目末尾まで)であるから、これを引用する。
(控訴人の主張)
1 原判決は、本件債権譲渡の日から六年七か月も経過した後のものである本件債権部分(平成元年七月一日から同二年六月三〇日までに支払期が到来する診療報酬債権)は、本件の債権譲渡の時点で、債権発生が安定したものであることが確実に期待されるものであったとは到底言えないから、本件債権部分については譲渡の効力を認めることは出来ない、と判示するが、それならば、いつまでのものであれば有効とされるのか明確な判断を示すべきである。そうでなければ、取引の安定性を害することになる。
2 原判決は、さらに、「契約の自由をいうだけでは前記の判断を覆す根拠にはならない」とも判示するが、すべてを当事者の自由意思にまかせてもなんらの差し支えもない。万一将来医師の廃業等により債権が発生しないこととなっても、それは債権不履行の問題として、当事者間の解決にまかせれば足りる。
3 そもそも、小西茂雄は自己の意思で控訴人に対し、八年三か月にわたる将来の診療報酬債権を自由に譲渡し得る筈である。原判決は、これに対していらざる制限を加えて本件債権部分の譲渡を無効としたものであって、国民の自由な財産権の行使を阻害し、財産権を公権力により不当に侵すものであって憲法二九条に違反する。
(被控訴人の主張)
1 控訴人は、原判決が、有効に譲渡しうる将来の診療報酬債権の範囲について、「債権の発生が一定額以上の安定したものであることが確実に期待されるかについて、具体的な事案に応じて個別具体的に判断されるべきである」旨を判示していることにつき、事後的に個別具体的に判断して債権譲渡の効力が決せられるのでは取引の安全を害することになる旨主張する。しかし、本件で問題となっているのは、あくまで小西茂雄が昭和五七年一一月一六日に控訴人に対して譲渡した将来の診療報酬債権のうち、平成元年七月一日から同二年六月三〇日までに支払期が到来する診療報酬債権についてその譲渡性が問題となっているのであって、仮に一般論として有効に譲渡しうる将来の診療報酬債権の範囲を画する基準をより明確にしたところで、本件債権部分の譲渡性が肯定されるわけではないから、控訴人の主張は失当である。
2 控訴人は、さらに、将来の診療報酬債権の譲渡については契約自由の原則に任せるべきである旨主張する。しかし右原則から直ちに締結した契約の内容に応じた効果が当然に発生するものではなく、その効果発生のためには、更に、その内容が不確定ではないこと、不能ではないこと、強行法規に反していないこと等の有効要件の具備を要するものである。そして、債権譲渡契約においては、譲渡の対象となる債権がその性質上譲渡可能なものであることが有効要件である(民法四六六条一項但し書)から、その性質上譲渡ができない債権の譲渡契約の効力が認められないことは当然である。
3 さらに、控訴人は、原判決が本件債権の譲渡契約の効力を否定したことが憲法二九条に違反する旨主張するが、本件債権の譲渡契約は、譲渡の対象とされた本件債権がその性質上譲渡性を有しないために効力を有しないというだけであって、国家が国民の財産権を侵害しているわけではないから、右主張は失当である。
三 当裁判所もまた被控訴人の本訴請求は理由があって認容すべきものと判断するものであって、その理由は、次のとおり付加するほかは、原判決が詳細に説示するとおりである(原判決七頁四行目冒頭から一四頁四行目末尾まで)から、これを引用する。
1 控訴人は、まず有効に譲渡し得る将来の診療報酬債権の範囲を明確な判断が示されなければ取引の安定性が害される旨を主張するが、本件のように、債権譲渡の日から六年七か月も経過した後のものである本件債権部分については、原判決説示のとおり、その債権譲渡の効力を認めることのできないことは明らかであるから、右主張はそれ自体失当である。
2 控訴人は、次に、将来の診療報酬債権の譲渡については契約自由の原則に任せるべきである旨主張するが、本件債権部分についての譲渡の効力が否定されるのは、本件債権譲渡の時点で、その債権の発生が安定したものであることが、確実に期待されるものであったとは到底いえず、その性質上譲渡不能と考えられることがその理由であって、契約自由の原則とは関連性の無いことが明らかであるから、右主張もそれ自体失当である。
3 さらに控訴人は、本件債権譲渡の効力を認めない原判決は憲法二九条に違反する旨主張するが、原判決の判示は、その性質上譲渡性を有しない本件債権部分についての譲渡の効力を否定したものであって、憲法の右条項との関わりは無く、右主張もまたそれ自体失当というべきである。
四 よって、被控訴人の本訴請求を認容した原判決は相当であり、本件控訴は理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 松本朝光 裁判官 手島徹 富川照雄)